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2011年12月15日

人にやさしくするという事

知り合いに2人ほど、他人に頼りがちな人物がいます。

何か失敗したり、うまくいかなかったりした時に落ち込むのはだれでも同じですが、彼らの問題はその原因を周りの環境のせいにすること。こけても立ち上がらず、原因を分析せず、ただうずくまって「だれも自分を助けてくれないから立ち上がれない。」と周りの顔色ばかりを窺ってウジウジいじけてしまうのです。『だれかにやさしくしてもらおうと必死』という表現が近いかな。


人にやさしくすることはとても難しく、中途半端なやさしさは相手を傷つけてしまうものです。やさしさに飢えている人に軽い気持ちで励ますことほど危険なことはありません。「元気出せよ」と軽く言うだけなら簡単ですが、場合によっては最悪の結果を招きます。もし、この方法でやさしくするなら、最後の最後までこの方法を続ける必要があります。

しかし、自分で立ち上がることができるにも関わらず立ち上がらない人に対して、毎回手を差し伸べてあげることはやさしさではなくただの甘やかしであり、『やさしさがなければ一人では立っていられない人間』『何もできない人間』を育てることと同義です。本当のやさしさは、「それじゃダメ。」と叱り、「どうすればよいかを考えないと。」と諭してあげて、自分で答えを導き出せるようにし、一人で立ち上がれるようにすることだと思います。ただ、この方法でも、相手が一人で立ち上がれるようになるまで付き合ってあげるべきです。

最後まで押し通せなかったらやさしさではない。途中でくじけるなら悪人になればいい。やさしさは根性です。(北野武)


また少々冷たい言い方ですが、自ら他人にやさしさを求める人には、だれもやさしくしないのではないでしょうか?(少なくとも僕はそうです。)そういう人には、やさしくではなく、厳しくしてあげることがやさしさのはず。逆に一生懸命がんばって、何度も何度もこけて、それでもがんばろうとする人には、自然と周りは「無理するなよ」とやさしくしたり、「あとちょっとの辛抱だよ」と励ましたりするはずです。がんばって前に進もうとする人は自然と応援したくなるものです。

こけたら立なはれ(松下幸之助)

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